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2010年 03月 24日
公州への旅 その2 歩く
公州は64年間百済の都だったところであり、扶余はその後120年余り都であったところ
どちらも斑鳩や明日香村のような落ち着いた静かな街である

かつて百済文化が花開いた地域である
今回は史跡や博物館など百済文化に触れる機会をたくさん設けていただいたが
その中でも私が楽しみにしていたのが扶蘇山城だ
白馬江に面した丘陵にある山城の跡で土をとんとんと固めて累々と築かれた城壁も残っている

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あいにくお天気が悪く合羽を着込んで出発したがすぐに晴れてきて歩くにはいい気温になった
息を切らしながらも林の中を歩く
整備されたハイキングコースはあるが今回は城壁の上を通るルート
城壁といっても石垣ではなく土手の様な感じだ
かなりの距離である
これを重機もない時代によくぞつくったものである

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途中の楼閣から見た扶余の街
きちんと都市計画がなされたのがよくわかる
お城の正面に当たる場所から真っ直ぐに伸びているのは朱雀大路
その突き当たりには大きな人工池がつくられている

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突端は断崖絶壁
新羅と唐の連合軍に追いつめられた百済の女官たち3000名が身投げをしたという崖だ
眼下は白馬江
国は滅びる このまま生き延びても敵国の男達に辱めを受けるだけと死を選んだ
崖から次々と身を投げる女性たちのチマチョゴリが花のようであったことから落花岩と名が付いたそう
とても綺麗な景色ではあるが悲しい歴史の場所でもある

約2時間かけて山城を一周した
遊覧船で崖の下まで来て落花岩とすぐ下のお寺とを回るという観光コースがあるようだが
今回は自らの足で歩くことに意義があった

それまで博物館で立ちっぱなしであったためかふくらはぎが張っていたが
山を下りる頃にはスッキリと無くなっていたのが不思議
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by gonnosuke117 | 2010-03-24 15:49 | でかける | Comments(0)


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