「ほっ」と。キャンペーン
2011年 09月 05日
いそがしさにまぎれてさぼってはいけない
このところ朝の散歩、ラジオ体操はお休み
いかんいかん
この週末はここに行こう
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我が家から歩いてすぐの十善寺
先日境内でのラジオ体操に参加した後横の山に登ってみた

今にして思えばこれは逆回りだったのだが
八十八番と書かれた小さな祠にお地蔵様がおさめられている
その次の祠には八十七番と

この山を一巡りすることで八十八カ所を回ったと同じご利益があるとしたのではないか
祠の数を数えながら山道を登り、下り

こういうのもあった

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この穴から高野山が望めると

お伊勢参りに行くのに水杯を交わした時代もあった
高野山や四国に行くなどできる人はめったにいない

思いだけは行ったと同じになるように
たくさんの人が念仏を唱え手を合わせながら巡ったのだろう

摩耶山にも似たような道がある
私の実家近くにもあったように記憶している
きっとあちこちに存在していただろう

そのどれもが好きな場所である
ことにこの十善寺の山は
気軽に行ける距離
神戸の街が見下ろせるスポットもあり
このすぐ麓に住んでいるM君は子供のころこの山で木の枝でチャンバラごっこして遊んだのだとか
歩いているといろんな声が聞こえてきそうな気がする不思議な道である

気候も良くなってきたし
大好きな場所だし
自分に甘えないで
せっせと通おうかな
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by gonnosuke117 | 2011-09-05 21:05 | でかける | Comments(2)
Commented by win-twins at 2011-09-06 07:45
庶民が領地外への旅を禁止されていた かの時代
ただひとつ 神仏への参拝はその限りではなかったんですね
お伊勢参りは別格で 丸金(金毘羅)か京六(京六条の本願寺)か・・・民草の人生最大の夢 一大イベントだったそうです
でも それもかなわぬ多くの人々は 代参(かわりに参ってもらう)や金毘羅には 犬に託すというならわしもあったそうです
自分の地元エリア内で完結できるこういった参拝も全国各地にあるのでしょうね~~ なんだか切なくていとおしいです
Commented by gonnosuke117 at 2011-09-07 23:01
>winさん
詳しいお話ありがとうございます。
そんな時代背景があったのですね。

今度この道を通るとき、また違った思いがよぎりそうです。


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